第一話 「分刻みの時間」から「季節刻みの暮らし」へ
はじめまして、SUIコラムライターの保科智子です。3年前から新潟県佐渡市に暮らしています。
以前は東京都新宿区で起業し、成功を夢見てバリバリと仕事をしていました。都心で働いていた頃、時間は常に管理するものとして扱われていました。予定を組み、判断を重ね、効率よく進める。経営という立場では、時間の使い方そのものが結果に直結するため、常に次の判断を意識する状態が続きます。
空白の時間は少なく、思考は途切れにくい。時間は流れるものというより、配分する資源のような感覚でした。

佐渡に暮らし始めて最初に感じたのは、この時間の前提が変わることでした。
海から吹く潮風の匂いで季節の移ろいを感じ、ふと作業の手を止める。時計に合わせて動くというより、環境に合わせて一日が進みます。日の長さで朝夕の過ごし方が変わり、天候によって予定が動き、自然のリズムがそのまま生活のリズムをつくります。
急いで予定を詰め込まなくても一日は進み、「何もしない」という余白がそのまま豊かな時間として存在します。時間を管理するというより、大きな自然の流れの中に身を委ねている感覚に近いものでした。

都心では、時間は前に押し出されるように進みます。
鳴り止まないサイレンや、夜でも明るい街の光に囲まれ、次の予定、次の判断へと意識が移り続けます。一方で佐渡では、時間に明確な区切りがあります。
肺の奥まで澄み渡るような朝の冷たい空気、海面をキラキラと照らす昼の眩しい光、そして水平線に夕日が沈むと同時に訪れる、耳鳴りがするほどの深い静けさ。環境の変化が自然な節目になり、張り詰めていた緊張の糸がふっと緩み、思考もいったん止まります。
何か特別なことが起きているわけではありませんが、一日の輪郭がはっきりと感じられるようになります。

この違いは、忙しさの量ではなく、時間の密度の違いなのだと思います。分刻みの時間は効率的ですが、常に先を意識する状態が続きます。季節刻みの時間はゆるやかですが、今この瞬間の感覚がしっかりと残ります。
どちらが良いということではなく、前提が違うだけです。ただ、後者の時間の中では、「早くしなければ」という見えない焦燥感が自然と溶けていきました。
急がなければならない理由が減ると、判断の速度も変わります。「やらなければならない」で埋め尽くされていた日々から、あえて「今はやらない」「すぐに決めない」という選択ができるようになったのです。
少し様子を見る。
時間をかけて整える。
そうした選択が現実的になります。分刻みの即断即決から、少し長い時間軸で物事を捉える視点へ。目先の効率だけでなく、自分の心が無理なく続けられるかどうかを基準に考えられるようになったのです。
都心では、時間は常に足りないものとして扱われがちです。
しかし場所が変わると、同じ一日でも感じ方はこれほどまでに変わります。
急がなくても進む時間。予定で埋めなくても、ただそこにいるだけで満たされる一日。
佐渡での暮らしは、時計に追われ、息継ぎも忘れて泳ぎ続けていたような感覚から離れ、自分自身の呼吸と時間の流れを取り戻す体験でした。この地でどのように自分自身を取り戻していったのかは、Amazonで出版した著書『佐渡で生き直す』でも綴っていますが、環境が変わるだけで、時間の意味、そして生き方は大きく変わります。
分刻みのスケジュールから、季節刻みの暮らしへ。その変化は、働き方や生き方の優先順位を静かに整えてくれるものでした。
次回は、「スーパーに並ばない旬と、おすそ分けのある食卓」について書いていきます。佐渡の食卓が、暮らしの感覚をどう変えていったのかを綴ってみたいと思います。
保科智子
2022年、東京から佐渡市へ移住。
3匹の愛犬とともに佐渡の自然、人付き合いを満喫している。
本業SNSマーケター。
Amazonで発売中 著書:佐渡で生き直す。島で見つけた、静かな生き直しの方法。 https://amzn.asia/d/0aBmSbhE
